2012年10月1日月曜日

アメリカの学生ローン




 夏休みに帰省した際に買った本の一冊 『知らないと恥をかく世界の大問題 3』(池上彰著)に 「第2のサブプライムローンか?」との見出しでアメリカの学生ローンのことが書かれていた。 その章の締めくくりの方に『...サブプライムローンを組んで無理してマイホームを買ったように、無理してでも大学に進んでる人たちがおおいのですね。』(p.101)と記されている。なぜアメリカで大学に行くには借金する必要が出てきたのか、なせそれまでしてでも大学に行かなければならないと思う人たちが多いのかについて、23年のアメリカ滞在の経験と大学進学を2年後に控えるアメリカ生まれアメリカ育ちの子供を持つ親の観点から、説明を付け加えてみたいと思う。尚、この本に書かれている事に対して批判しているのではないので誤解のなきようにお願いします。

 アメリカ人が借金までして大学や大学院に行くというのにはアメリカの雇用環境の変化、高等教育学費の高騰などの背景があると考えられる。1970年代終わりごろまでは、大学に行かなくてもそれなりの生活水準を保てる職につくことができる可能性が高かった。これは、工場労働者に対する需要があり、その多くで労働組合に高いレベルの賃金と福利厚生が守られていたからである。工場以外にも水道工、電気工のような様々な職種で組合が組織され賃金、福利厚生その他の既得権が保全されていた。 そのような雇用環境を脅かしたのがオイルショックであり、経済のグローバル化であり、経済環境の変化や技術革新に触発されて起きた様々な産業の再編成・再構築であったと思われる。たとえば、アメリカ人々を生活を支え経済の原動力であった製造業は、その多くが低賃金の国に生産拠点を移し、残った工場はロボットの導入などで求める労働力が肉体労働から知的労働に大きく変化したのである。結果的に、組合によって保障されていた賃金体系と福利厚生が大きく崩れ、より良い仕事、より良い報酬を得る為の競争が過当化し差別化要因の一つとして学歴の必要性が見直されてきたのだと思う。日本のように国民健康保険が一般化している国では想像しにくいことかもしれないが、アメリカでは良い待遇の条件の一つに充実した健康保険があげられる場合が多い。 もともと医療費が極端に高いうえ、健康保険のほとんどが民間保険会社によって提供されている実情では、各々の雇用主がどのような条件の保険に加入しているかによって、自己負担金額も異なれば、保険の対象となりうる治療、検査、薬も異なるのである。加入している健康保険に限りがあるため病気の発見が遅れた、治る病気も治らなかったという悲しい話を聞くのはそれほど珍しいことではない。それでも保険があればいい方で雇用されていても保険が無いという人たちも多くそれらの人々の悩みは深刻なものであろう。このことは中小の自営業者にとっては特に深刻な問題であり、アメリカの選挙で健康保険制度が大きな争点・公約として取上げられているのはこのためである。 

 もう一つの背景は、学費の高騰。 端的な比較で日本の慶応大学と同校と姉妹校のスタンフォード大学と比べると、慶応が年間100万円ちょっとであるのに対しスタンフォードは4万ドル、今の為替レートで換算すると320万円程度でおよそ3.2倍。国民一人当たりの平均GDPと比較すると、慶応が日本のそれに対し約28%、スタンフォードがアメリカのそれに対し約83%。公立は学校によって違うが、アメリカでトップ水準とされるカルフォルニア大学バークレー校は、州民に対する学費は年間1万3千ドル、州民以外の学生に課される学費は3万6千ドルである。それに対し東京大学は年間54万円。

学費の高さもさることながら、日米間の課税後の所得を差ということも見落とせない。一概にアメリカのほうが中所得者層の個人所得の実行税率が高く、たとえば年収1千万の子供が2名いる家庭の場合、日本の11.3%に対しアメリカは18.6%。その上に、健康保険の自己負担分、年金積み立てなどの費用もアメリカのほうが一概に高いことを考えると、同じ所得レベルでは一般的にアメリカの家庭の可処分所得のほうが低いことが多く、其の中から日本より明らかに高い学費を捻出するのは容易でない。これのため、大学に行くのに奨学金やローンに頼らざるをえない人々が大多数であるという現状があるのだと思う。 

ローンを組んで大学にいった人々が卒業後にその支払いに応じられるだけの報酬を得られる仕事に就けるかというと、そうでない場合のほうが多いので学生ローンが次のサブ・プライムになるのではという警告が発せられているわけである。学生ローンを払える人でも、可処分所得はそれだけ減るわけであり、アメリカ経済の足枷の一つともなっている。

付け加えだが、高額所得者に対する累進課税率の上限はアメリカのほうが日本よりだいぶ低く、そのうえ様々な控除により節税手段がありことから、高額所得者の実効税率は一概にアメリカのほうが更に低い。このような現実が、ウォール街占拠運動、1%対99%運動を引き起こし、共和党の候補者ロムニー氏の納税率が大統領選挙の争点になるのである。


個人所得課税の実効税率国際比較(財務省)




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