9月の初めから、我が家のシステムの外付けクロック・ジェネレーターを導入しました。5週間ほどちょっとたって、機器も落ち着いてきたようだし、僕の感想などもまとまってきたのでこのブログの記事を書きました。
いきさつ
去年暮れに急に辞めるといって退職した元上司は僕に負けずとも劣らぬ音楽愛好家で、オーディオ・ファイルでもありました。クラシック音楽、とくにバロックに関しては博学で色々と教えてもらいましたが、オーディオに関しては僕のほうが良く知っていたので機器購入の相談にのったりしていました。その上司が退職するにあたり、オーディオ・システムを一新、Tannoy のTurnberry、Pass Labのアンプ、そして、Schiit AudioのYGGDRASIL DACを購入。それを聴かせてもらって以来、我が家のシステム、とくにデジタル再生に不満ができてどうにかできないものかと考えていました。いっそのこと、僕もYGGDRASILを買おうか?なんて思ったりしていました。
そんな中、今年五月に帰省した折にオーディオの大先輩である大阪の友人と会った際にクロックの話になって、イギリスのAudio Design Reading(オーディオ・デザイン・レディング)社のSyncroGenius (シンクロ・ジニアス)のことを教えてもらいました。ウィーンに戻り、色々と調べて、考えた結果、導入することにしました。
デジタル音源再生においてクロックの有無を聴き比べたことは2回ほどしかなく、我が家のシステムで試したわけではなく、もう十年ちかくまえのことなのでクロックを入れると音はどうなるのか? なんて全く憶えていませんし、何を期待して良いのかもわかりませんでした。事前に、取り扱い説明書をダウンロードして読んだのですが、業務用の機器であるので音源、映像編集のプロが使うということを前提に書かれており、あまりにも簡潔でその知識も経験も無い僕にはチンプンカンプン。英語に
take a leap of faithという言い回しがありますがまさにそんな感じでした。
オーストリアには代理店が無かったので、同社に問い合わせたら、在庫切れで、次のロットの生産が部品の納品待ちで遅れているとのこと。高精度10MHz恒温槽付水晶発振器へのアップグレードも依頼。前述の大阪の友人がクロックケーブルを送ってくれたので準備万端で待つこと数週間、8月末にようやく我が家に届きました。
Audio Design Reading 社に関して
1960年代半ばに主に録音スタジオ用機器を作る専業メーカーとして設立。当初の社名はAudio Design (Recording) 。70年代にはコンプレッサー・リミターの名機といわれるCompex F760X RS、SCAMPなどのプロセッサー機器で揺るがぬ地位を築いた会社。録音のデジタル化が進んだ80年代初頭には民生用のソニーのデジタル・レコーダーをベースにプロ用に改良した機器やコンパクト・デジタル・ミキシング・コンソールなどを開発したようです。その後の詳しい沿革は不明ですが、徐々に放送局用の機器の開発・製造、それら機器および関連ITシステムの導入・設置のコンサルティングに業務をシフトし、その過程で社目をAudio Design Reading に変更し現在に至っています(ちなみにReadingは同社所在地名)。
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SyncroGenius HD Pro+ に関して
日本の輸入代理店の
サイトに、『全てのポストプロダクション、スタジオ、そして放送業界にとってまさにジーニアス=守護神となる、 ビデオ/デジタルオーディオのシンクを司るクロックジェネレーター』と書かれているように、映像・音声といった異なるデジタル信号を編集などの過程で同期させることに使うのが主たる機能の機器です。同期信号を発生させる機器でもあるので、当然、デジタル・オーディオのマスター・クロック・ジェネレーターとしても使えるわけです。機器本来の機能のごくわずかな部分しか使わないのでちょっと勿体無いきもするのですが、ぼくが調べた限り市場に出でいるクロック・ジェネレーターの多くは映像対応で同様な機能を持っているようでした。
この分野のことは全くの素人なので十分な説明はできませんが、以前次女のバイオリン教室のコンサートをボランティアで録画をしていたプロの映像技師で父兄の方の話を思い出しました。その際、マイク・録音機器はステージ近くに設置し、映像は2階バルコニーから撮っていました。コンサート後のリレプションでどうやって映像と音声を合わせるのか聞いたら、あとでクロックジェネレータを使ってシンクさせるんだよと説明してくれました。デジタル・オーディオにおけるクロックの位置づけのことは読んだり・聞いたりしてなんとなく知っていたので、概念的になんとなく判ったような気になって聞いていたのです。
SycroGeniusの現行機にはHD ProとHD Pro+(Broadcast Pack付きとも呼ばれる)があり、Pro+モデルは電源が二重化され、内蔵リファレンス・オシレーターが、高精度10MHz恒温槽付水晶発振器(OCXO) にアップグレードされています。仕様書によると、このOCXOの周波数誤差は:<0.7ppm(1年後) <4ppm(10年後), 温度による周波数誤差:±0.015ppm(0~60度)となっています。
音の変化
導入後5週間ほどして思ったのは、クロックによる音の変化・向上は、僕が今までオーディオで色々とアップグレードしたりしてきて感じてきた変化とは違う次元・軸上にあるような気がするということです。したがって、どのように音が変わったかを書くに際し、クロックの是非について誤解を招くといけないと考えたので、まず結論を先に書きます。
いまの感想を一言で表すなら、「クロックを入れないデジタルオーディオなんて…」という言葉が頭に浮かびます。一昔前、「クリープを入れないコーヒーなんて…」というコマーシャルがありましたよね、そのイメージです。 もう少し具体的に言うと以下の通り:
- 我が家のシステムにとってクロックの一番の効果は、音がよりリアルになってきたという事だと思います。ここで言う『リアル』とはより録音された元の音に近いのではないかということです。これはクラシックやジャズのライブ録音で顕著に感じました。ロックやポップスのスタジオ録音に関しては、よりマスタリング技師が聴いて作り上げた音に近いのではないかと感じました。
- 定位がより明確になり、ハッキリと聞き分けられる音像感、音場感の向上。
- 今まであまりハッキリ聴こえなかったレコーディングの音のニューアンスが聞き取りやすなった。
- 全体的に見通がよくなった。
8月末にSyncroGenius HD Pro+が我が家に届き、どんな凄い音になるだろうかとの期待でわくわくしながら、セットアップ、そして電源を入ました。心配とは裏腹に使い勝手がよく、迷うこともなく、すぐに音がでてきました。でも、正直いって、最初に聴いた音は、期待にそわず、あっと驚くほど顕著に違いが判るというものではありませんでした。クロックは、高精度になればなるほど安定するのに時間がかかるりとくに新品はひと月ほどかかると聞いていたので暫く聴いてみてないと気をとりなして、腰をすえて聴き込むことにしました。
最初の数日で感じたのは、クロックを入れてから音が自然でしかもダイナミックになった、音を大きくしても煩さが殆ど感じられず、ついついボリュームを上げて聴く傾向になった、低域の質感およびインパクトがかなり上がったということでした。もっと聴いていくとこの傾向はより顕著になっていきました。
導入後2~3週間たってからいろんな音楽を聴き、クロックを入れたり、入れなかったりと聴き比べをしたりしました。差が大きいこともあれば、そんなに大きくないような気がすることもありました。一貫して感じた違いというのは、クロックが入ると音がより本物ぽくなったということです。 例えば、我が家のシステムでクロックを入れると(入れない場合に比べ)
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Angela Hewittの「ゴールドベルグ変奏曲 (2015年録音盤)」のVariation 29 (トラック30):クロックを入れるとピアノの低音部分が音が団子にならないで一音一音よりはっきりと弦のうなりを伴り、ピアノの『ガツン』という感じが良くわかり、かなり生演奏に近い印象で聴こえます。 (24/96のハイレゾ音源)。
『The Roy Haynes Trio featuring Danilo Perez and John Patitucci』のSippin' At Bells(トラック7):ドラムスの音、ベースの音が、これもライブで聴くようニューアンスを持ち、強弱の幅が広いダイナミックな迫力をともなって聴こえます(CDのリッピング音源)。
大貫妙子の『ATTRACTION(アトラクシオン)』、Cosmic Moon (トラック1)、雷雨が鳴り響き、嵐が吹き荒れる感じがより現実の音のように聴こえます。(1999年版CDのリッピング音源)
Kristóf Baráti "Mozart Complete Violin Concertos" 、ホールエコーがハッキリと聴こえて、おケーストラの弦楽器が滑らかでつややかに聞こえる。きれいなハーモニーをかもしながらも一音ずつハッキリ聞き分けられる。(CDのリッピング音源、日本のアマゾンにはありませんでしたが、ライブ・レコーディングでとても音がよいCDだと思います。演奏も良い意味で現代的な解釈で僕の愛聴盤のひとつです)
おなじみNorah Jones 『Come a way with me』, Don't Know Why, Seven years (トラック1と2)。ボーカルのダイナミックレンジが大きく、声の強弱の移り変わりがハッキリとタイミングよく再生されます。歌い手がしっかりと真ん中に定位し、その後ろあるバックの配置がよりはっきりと聞きわけられます。(24/96のハイレゾ音源)
Steven Isserlis (cello) & Robert Levin (fortepiano) のベートーベンチェロソナタ集。チェロがより前面に出てきて、低音の弦・胴鳴りがよりハッキリと迫力のある音で聴こえます。イッサリスはガット弦をつけたストラディバリを弾く事で有名なようですが、ガット弦の音の感じ、フォルテピアノの繊細さがよくわかります。(24/96ハイレゾ音源:我が家のシステムでは、チェロの力強さを表現することが一概に苦手だったのですが、このレコーディングでは別格に聴こえます。)
クロックを入れないと、入っている場合に比べて大概の場合、以下の印象を受けます:
- 音の拡がりがだいぶ劣る。
- 音が若干がさついてとげとげしく感じられる。
- 音量を上げると煩く感じる。
- アコースティック楽器の音のリアリティがだいぶ劣る。
- 音が若干こもった感じ、複数の音が団子になってより聞きわけにくい感じ。
- 写真の表現をつかいますが、定位(音像感・音場間)のピントが甘くなった感じ。
たまに、音楽聴き始めると、どうしても音がおかしく、煩く感じられたり、システムのグレードが一段階落ちたように聴こえ、どこかおかしくなったか?と思ったりすることがあったのですが、調べると必ずDACの設定を内部クロックにしてあったことを忘れていたということでした。その都度、今まで聴いていて良いなと思っていた音はなんだったんだ~と落ち込んだ気持ちになってしまいました。
ちなみに、上述のレコーディングは、我が家のシステムではとても良い音で再生できる音源で、僕としてはお薦めのものです。ジャケット写真をクリックするとアマゾンのページにリンクします、御参考まで。
むすび
クロック導入を決めるまでにネットなどでいろんなレビューを読みました。多くは、記事は外部クロックを入れるメリットは肯定してもその変化の度合いに関してはあまり大きくないというものでした。
今の時点で僕が考えることは、従来のオーディオ・ファイルの尺度からすると、クロックを入れた場合の音の変化は顕著なものではないかもしれないということです。例えば、低域が図太くなる、高域がスッと伸びたような感じになる、演奏者の息継ぎ音・うなり声などの付帯的な音がよりハッキリ聴こえるようになった云々という変化とは違う変化だと思いました。
我が家のシステムで感じたことは、前述のとおり、音がよりリアルになったということです。そして、クロックを入れた音に耳が馴染んでしまうと、無しの音は、少なくとも物足りなく感じて、場合によってはシステムが1~2グレード下がったような気がするということです。
ヨーロッパではSyncroGeniusは正規ルートから比較的リーズナブルな価格で販売されているので、クロックとしてはコストパフォーマンスが高いといわれている機器ですので、自分としては導入してとても良かったとおもっています。電源周りの変化や設置環境にわりと敏感に反応するので、使いこなしでもっと音質を詰めていけるかと考えており、末永く付き合っていこうと思っています。
ネットで調べると、いまは色々なクロックジェネレーター製品が出ており、かなりリーズナブルで購入できるのも多くなってきているので試してみる価値はあるのではないかと思います。
後日談を書きました。こちらです:
http://isakusphere.blogspot.com/2018/01/bnc.html
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クロックは常時通電がよいと聞いたので電源は入れっぱなし、機能盛りだくさんのSyncro Geniusはこの写真のようにLEDライトが沢山ついてます。妻には「クリスマスになってもリビングにイルミネーションはいらないんじゃない~」と揶揄られてしまいました(苦笑) |