ラベル 日記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年1月26日火曜日

2021年



2020年大晦日深夜のウィーン市庁舎広場。例年ならカウントダウンで
足の踏み場もないほど賑わう場所ですが、今年は警備のお巡りさん以外、誰もいませんでした。

喪中につき新年のご挨拶は失礼させていただきますが、今年もよろしくお願いいたします。 

去年はコロナ禍で想像を絶する一年でしたが、今年も続きそうですね。

個人的にも色々とあった年でした。結果として転職し、今年の春頃には沖縄に戻ることになりました。40年ぶりに住むために沖縄へ帰ります。

大学院卒業後、だいたい10年ごとにニューヨークからワシントンへ移り、そしてワシントンからウィーンへ移りと大きな転機を迎えていましたが、二度あることは三度あると言うことわざどおり、ウィーンに来てから10年目が終わる今、また大きな変化が訪ることになりました。


2020年8月5日水曜日

Weiden am See


先週末(7月31日~8月2日)は、知り合いの結婚式のご招待されて、妻と世界遺産に登録されたノイジートラー湖畔の街、Weiden am Seeに行ってきました。日中は30度を超える暑さでしたが夜は、涼しい風でクーラーを入れずに過ごせました。 夏の行楽地ですが、コロナの影響は、今年の人出はだいぶ減ったという印象でした。



ノイジートラー湖畔は、農作地域で、オーストリアでは赤ワインの産地としても有名です。多くの村はブドウ畑に囲まれたくさんのワイナリーがあります。オーストリアではワインの産地にはおいしいレストランがあることが多く、Weiden am Seeも例外ではありませんでした。


メインはナマズの料理

私たちが泊まった隣村のGolsは、面積が42km2、人口3千8百人ちょっとの村ですが、なんと116のワイナリーが営業しているとのこと。我々もワイナリーによってテイスティングをし、ついつい、6箱分(各6本入り)のワインを持ち帰りました! 


2020年7月3日金曜日

Baden



バーデンのベートーベン・ハウス

今週のウィーンは30度近い日々が続き、もう真夏の暑さです。さて、先週の日曜日(6月28日) はオーディオ仲間のノベルトさんと奥様にお招きを頂き、妻と二人でバーデンへ行ってきました。 バーデンはウィーンの南、車でも電車でも30~40分でいける場所です。



昼食後、ベートーベンハウス(こちら)に案内してくださいました。温泉地であるバーデンに保養で訪る際の定宿だった場所です。第9は主にここで書かれたとの事。展示の一つに、3つ画像モニターで、一つが第9の演奏のビデオ、もう一つがその演奏にあわせて直筆譜面を追っていくディスプレー、そして演奏されている楽器ごとに色付けし音程の上下を示して進んでいくディスプレーがあり、時間があれば通して観て見たいと思いました。あと、耳が不自由になったベートーベンに色んな音がどう聞こえていたかのシミュレーションしてきける展示があって、いずれもハイテクで面白かった。


ベートーベンの寝室であった部屋

バーデンは、オーストリア皇帝の保養地だった場所でもあり、旧市街はまさに小ウィーンと言うとても素敵な町です。

国立劇場







2020年5月26日火曜日

COVID-19 ウィーンの近況 (5月26日)ー 久々のレコード漁り・


ウィーンは、去る週末から天候が変わり、15度前後で雨模様に日々が続いています。 先週の水曜日(5月20日)に半日休暇を頂いて、本当に久しぶりに、これまた特に暫くご無沙汰していた、知り合いのレコード屋に行ってきました。クラシックの部屋はダンボール箱がうずたかく積まれており『…気をつけて入ってくれるんだったら良いよ…』なんていわれたのだけど、断念。コロナでロックダウンになる前に大量に仕入れたのだそうです。で、主にジャズをチェックした収穫が上の写真。僕にとっては割りと当たりでした。お店にはひっきりなしにお客さんが訪れており活気がありました。子育ての為にITの仕事を脱サラしてレコード屋になったと言う好青年のオーナー、ニックの人柄によるところも多いのでしょう。しかし、奥さんが勤めているから生活には困らないけど、お店の勘定はとても苦しいとの事。ローカル・ビジネスのサポートするぞと、僕としては結構買った方だったので、とても喜んでくれてだいぶまけてもらいました。

ソーシャル・ディスタンシングでエレベーターは4人まで!

先週の月曜日(5月18日)から段階的な職場復帰が始まり、第一陣が全体の2割の職員がオフィスで仕事。僕もその一陣の一人。職場の大きなコンプレックスはガラガラ。ソーシャル・ディスタンシング制限で、会議は参加者全員がオフィスにいてもオンライン・ビデオ...。何のためにオフィスに出てきたのか? これだと、通勤時間が省けるだけ、在宅勤務がより効率的ですよね~。上の写真のように、エレベーターは4人までしか乗れず、原則みんな角を向いていないといけない! 後ろに立ってしまうと何階に居るのかわからない!(日本のエレベータと違って、ここのは到着階をアナウンスしてれませんから…)僕は階段を使うことにしました。ロックダウン中の運動不足の解消に少しでも役に立てばと、10階のオフィスまで毎朝上がっています。ちなみに、ジムはまだ開いていません。

Stadt Park
上の写真は先々週末(5月17日)に撮ったもの。レコードのジャケットにもよく写真が載っている、黄金のヨハン・ストラウスの像がある、シュタッド・パーク。久しぶりに大勢のの人で賑わっていました。 

レストランも開いたので街には調理のにおいがうっすらと流れています。街はこんなに色んなにおいに溢れていたのかとしみじみと感じ入りました。我が家もなじみのお店に顔を出すようにしています。




2020年5月15日金曜日

COVID-19 ウィーンの近況 (5月15日)- ロックダウン段階的緩和第3フェーズ


今日のウィーンは雨、気温は10度前後です。 今日からオーストリアはロックダウン段階的緩和の第3フェーズに入りました。Social distancing の条件付きで レストランの営業再開が認められ、美術館・博物館も開きます。

コンサート・劇場などの具体的な再開予定は発表されておらず、政治的に圧力をかけられていた文化相が今朝辞任を発表したというハプニングも起きています。

上の写真は、昨日の18時少し前に撮影したもの。ウィーン旧市街中心のシュテファン大聖堂前の広場です。いつも夕方には、通勤者、買い物客、観光客でごった返し、スリが最も多い場所でもありましたが、今はこのように閑散としています。

渡来制限もあり、ホテルなどの宿泊施設の営業再開はまだ先なので、観光客が戻ってくるのもだいぶ先のことになるでしょう。

2020年4月23日木曜日

COVID-19 ウィーンの近況 (4月23日)




オーストリアのコロナ対策外出規制は今週で6週目。外出規制は少なくとも来週いっぱいは続く様です。先週半ばから段階的緩和として小規模店舗とホーム/ガーデン・センターの営業再開が認めらめました。それでも街は閑散としています。

店舗と公共交通機関ではマスクの着用・入店人数の制限・レジの列は1m以上の間隔を取る事などが義務付けられています。もちろん、閉めたままの店舗も多くあります。





時間があるので、当地の感染状況の統計をグラフにしてみました。どうしても綺麗にBloggerに貼り付けられないので悪しからず (うまくできる方法をご存知の方、教えて下さい)。

こう見ると、この国の政府は実によいタイミングでLockdownをしたんだなぁと感心させられました。無論、検査数と発症確認数の相関関係はあると思いますが、ロックダウン後、確定症例が急増しました。この国は人工が9千万人弱の小さな国ですが、急速に検査体制を整えたのも見習うものがあるとおもいます。次女がイギリスから避難してきて直ぐに発熱し、検査を受けたのですが(結果は幸いに陰性でした)、コロナ・ホットラインに電話すると、チェック・リストの問診があり、検査が必要と判断されると、医療従事者の方が自宅まできてくれてサンプルを採取、結果は(おそらく陰性だったからでしょうか)およそ1週間後に電話で伝えられました。疑わしい症状を持つ人が外に出なくて済むシステムは感染を制限するのに役立っていると思います。



今年のウィーンの春は特に暖かく、今週も20度を超える日々が続き、例年の5〜6月の気候です。連日快晴で街の公園では春の花が咲き乱れ、コロナ禍さえなければ素晴らしい春となっていた事でしょう。


2020年3月20日金曜日

オーストリアのCOVID-19状況 - 3月20日

旧市街の中心にあるHerrengasse

オーストリアは、3月16日月曜日からより厳しいCOVID-19 対策を講じており、食料品店・薬局・銀行などの生活に不可欠と指定されている一部の除く店舗の営業停止、外出制限、出入国制限、イベントなどの中止の処置を当初の4月3日までから十日間延長し13日までにすることが先ほど発表されました。

ウィーン一の目ぬき通り、Kärntner Straße(写真上)とGraben (写真下)も人が疎ら
僕は水曜日まで出勤していましたが、オフィスでしか出来ない当面必要な業務もほぼ片付けたので昨日から在宅勤務。このページの写真は出勤・帰宅時に撮影したものです。

いつもなら人で埋まっているGrabenのカフェ

この数日は、快晴。気温も20度近くまで上がり、ウィーンの桜は満開です。




2020年3月13日金曜日

オーストリアのCOVID-19状況 - 3月13日

https://www.nature.com/articles/d41586-020-00190-6 より引用

こちらでの状況は刻々と急激に変化しています。オフィスは来週から一部を除き全面的に在宅勤務。 今日、さらにオーストリア政府の対策強化が示されて、来週から、食料品店、薬局、銀行、ガソリンスタンドなど一部を除く、商店・商業施設が閉店。学校もすべて休校。レストラン、カフェは15時まで営業可能。スイス・スペイン・フランスからのフライトをすべてキャンセル。感染が最も集中しているチロル地方の封鎖などです。


今、最も危惧されているのは重症患者のための集中治療室・人工呼吸器などの設備が足りなくなることのようです。イタリアで死亡患者が急激に増加しているのは、それらの設備が足らなく、医学的には助けらたであろう患者さんを充分に治療できなくなっているという現状に拠るとことであるようです。そのような状況で亡くなられた患者さんとそのご家族はさぞ無念であろうと察します。

日本人のマスコミ・ネットでは、日本の対応のまずさを批判する記事・書き込みも多いですが、海外から見ていると、日本が行ってきたことを海外各国は追従しているようにも見えます。観客無しでスポーツ試合を行うこと、学校を休校にしたこと、イベントの中止などなどです。

人口一億2千6百万の日本では国内感染者が668人ですが、八百八十万人のオーストリアでは(3月12日現在)ですが、442人。日本の対応は功を奏しているといえると思います。

2020年3月9日月曜日

COVID19

Wikipedia Commons credit: CDC/Dr. Fred Murphy (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Coronaviruses_004_lores.jpg / PD-USGov-HHS-CDC)

欧州でも大きな問題となっているコロナウィルス。COVID-19(Corona Virus Disease 2019)というのが正式名称です。昨夜の時点でのオーストリアの確定症例は102名です。
職場の緊急時対策委員会の一員でもあるので、対策に結構時間を割かれています。

こういうことが起きてみて、一番難しいと思うことは、人に対する対応です。どのようにして、情報疎通の透明化保ち、かつ、人々がパニックに陥るのを避けるかと言う事です。どのような文面と形で最新の展開を伝えるかで長時間議論し伝えても、多くの人たちは、自らで解釈・判断を下し、最も信じたいという思う情報を元に行動を起こす傾向がみられます。今わかっていることが、後々実は正確ではなかったことがあるかもしれないと思う人も多いようです。実際に状況は刻々と変化しています。僕の職場は科学者(自然科学の分野で博士号を持つ人達)や修士号以上を取得した高学歴者が多く働いているのですが、それでもこの傾向は顕著です。

あと興味深いのは、個人的な知り合いのお医者さんの間でも、それぞれ意見が異なり、『からだの免疫力・抵抗力を保ってさえいれば良い』という方もいれば、『深刻さが充分に把握されていない。身の回りの消毒を怠るべきではない』という方もいて、意見が一枚岩ではありません。

オーストリアにはもともとマスクをするという習慣が無い上に、犯罪・テロを防止する目的の覆面禁止法が3年ほど前に施行されており、医師の診断書がある場合を除きマスクの着用が禁止されているので、ここの人々がマスクを買いに走るということがありませんが、手等の消毒液は早々と店頭から消えてしまい、病院の在庫の不足が危惧されています。

ウィーンでは、2~3の学校が閉鎖されたことと、大きな学会の自主延期、中国、イラン、韓国、イタリア北部などの感染地区への直行航空便、列車、バス便の運休などの対策が講じられています。今のところ街に大きな変化が起きているという印象は受けません。コンサート・オペラなどは通常通り行われており、観客もそれほど減ったという印象は受けません。レストランなどもちょっと人が減ったかなというぐらいで普通に営業しています。しかし、街を歩くと、いつもは観光客で溢れかえっている旧市街も、明らかに人出が減っており、特に東洋人はほとんど見かけなくなりました。


まとまりの無い文章になってしまいましたが、僕の目からみた今のウィーンの様子はこんな感じです。


2020年1月16日木曜日

帰省中です



両親の様子見に帰省中です。昨日の夕方、近くの首里城まで行ってきました。



火災に耐えて残った龍柱。


TV番組の取材で具志堅用高氏が…

2019年11月24日日曜日

アムステルダムへの小旅行


Eastern Docklands, Amsterdam
長女の様子見に、休暇を二日頂いて11月15日(金)~18日(月)の間、妻とアムステルダムに行ってきました。久しぶりに3人で美味しいものを食べて、美術館に行き、大学時代の友人と30数年ぶりの再会と楽しいひと時を過ごせました。

ディエゴ・ベラスケス(左)とレンブラントの自画像

アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum Amsterdam ライクスムゼーウム)では、『レンブラントとベラスケス』という特別展があり、この二人だけではなく、同じく17世紀活躍したオランダとスペインの画家の作品を関連・対比性でくぐりペアにして展示する企画で、それなりに面白かったです。最近のヨーロッパの美術館では,若い人の美術館離れに対応するべく、美術史のみの観点から離れてより一般の人がわかりやすい企画が増えている傾向のようです。

ここ以外に写真美術館「Foam」に行って、ブラッサイの特別展を見てきました。


デザイン大学を卒業後、自らの生きる道を模索し、それなりに悩んで苦労しているであろうて長女のことを考えると、親としては心配も大きいのですが、ささやかに経済的な援助する以外できることも無く、歯がゆい無力感にとらわれ、とても気が重くなりましたが、遠くからしっかりと見守る以外ないと自分を説得しようとしています。

2019年11月1日金曜日

首里城焼失

一昨日の夜、コンサートから家に戻ってきてNHK World-Japanの速報で火事のことを知りました。信じがたい悲しい出来事でした。

僕が首里で育っていた頃は、首里城は城址の面影なんてまったく無い、父の勤め先の琉球大学がある場所でした。母が子供の頃よく遊んだという正殿は実家から数百メートルの場所にあるはずの建物なのに写真か博物館の模型でしか見ることのできない、自分にとっては戦争で失われたもの象徴であり、行ってみたかったという憧れでもありました。それだけに首里城が復元されたというニュースは海外で生活している自分にとっても、とても誇らしく嬉しいことでした。

首里城の丘のふもとに今もある僕が通っていた小学校では、1972年に祖国復帰するまで『…君たちは日本人なのだから、休日には必ず日本の国旗をあげるように…』(注)と教わり、時折、教室で『君が代』を歌っていたということが自分のアイデンティティー形成に大きな影響を及ぼしたと思っています。今考えると、ある意味で当時の琉球大学は琉球列島米国民政府(USCAR)が建てた米軍統治時代の象徴、第二次世界大戦で失われた首里城は明治維新後大日本帝国に統合された琉球王国の歴史の象徴、そして復元された首里城は民主化された日本国が建てた沖縄祖国復帰の象徴であったと思います。

物心ついた頃から、首里城は沖縄のおじいちゃんとおばあちゃんの家の屋上から見えるものだと思って育った娘たちにとっては自分以上にショックだったようです。

新聞の記事(こちら)によると、首里城にはスプリンクラーが設置されていなかったとのこと。どのような理由で設置されなかったかは知りませんが、『もし設置されていたのであれば』と、悔しい気持ちでいっぱいです。

別の記事(こちら)では、1500点以上の絵画、漆器、史料などの収蔵品うち400点以上が焼失、残りの品も確認できない状態であるということ。完全に永久に失われた琉球王国の文化の遺産に気持ちのやり場がありません。

(注)米軍統治下時代の沖縄では公休日のみ日本国旗の掲揚が許されていたということをだいぶ後で知りました。

2019年9月20日金曜日

帰省中


95歳の父が家で転んで脚を骨折し入院した事もあり、両親の様子を見に帰省しています。台風16号、そして、17号の影響でずっと天気はすぐれません。明日は沖縄本島も暴風雨圏に入るようです。明後日、沖縄を発つ予定ですが、どうなることやら…。

年老いた両親が暮らす様子を見ていると、色々と考えさせられます。

9月に沖縄に帰ってくるのはずいぶんと久し振り。気温は28~30度でまだかなり蒸し暑いのですが、蚊もめっぽ少なく、トンボが飛び交っており、沖縄なりの秋の始まりという感じです。


2019年6月27日木曜日

熱波到来!  暑い~...


サハラ砂漠から強い熱風が吹いてきて、ヨーロッパ各地で観測史上最高気温を更新中。

昨日、ウィーンの気温は36度まで上がりました! 我が家を含め、ほとんどの家庭はクーラーが無く、多くの店舗・レストランも同様なので大変です!

通常は多くの日光浴者で賑わう近所のジークムント・フロイト公園(写真上)も さすがにみんな木陰にいました。でも一人だけ日向に...

この暑さはあと数日続きそうです。
Heatwave map of Europe, showing forecast temperatures
出典:BBC https://www.bbc.com/japanese/48781665

2019年2月12日火曜日

IAEA職員組合主催のチャリティー・バル(舞踏会・Ball)2019



久しぶり 妻と2人で2月9日土曜日に行わたIAEA職員組合主催のチャリティー・バル(舞踏会・Ball)に行って来ました。会場はホーフブルク宮殿。2年ぶりかと思ってブログをみたら、前回は2016年でしたので3年ぶりです。


上の写真は、若者のバルのデビューのお披露目のデビュタント。伝統的なウィーンの舞踏会のプログラムはいつもデビュタントで始まります。



過去のバルのエントリーはこちらです:






2019年1月12日土曜日

北京

金融街(ホテルの窓から)
明けましておめでとうございます。

新年早々、急な仕事関係の野暮用で北京に行ってきました。1月5日土曜日に発ち、今日(1月12日土曜日)早朝ウィーンに戻ってきました。中国に行くのは初めてだったので、3日ほど休暇をいただき、妻も合流し、観光しました。

うまく印象をまとめられませんが、行けてよかったと思いました。

天安門

故宮

万里の長城の観光に行った日は零下8度!寒かったですが、そのおかげか空気は澄んでいました。




2018年12月30日日曜日

フィレンエ 2018年クリスマス


ベッキオ橋、ウッフィツィ

12月21日金曜日は職場の仕事納め。妻と次女とその晩の夜行寝台列車に乗って
、フィレンツエの義妹一家を訪ね、クリスマスを一緒に過ごして26日の晩の夜行列車でウィーンに戻ってきました。

ウィーンもそうですが、フィレンツエのフォトジェニックな街です。

ドゥオーモ






サン・ミニアート・アル・モンテ教会

サン・ミニアート・アル・モンテ教会のモザイク(13世紀末の作)

サン・ミニアート・アル・モンテ教会








2018年11月1日木曜日

錦織圭 と ジュリアーノ・カルミニョーラ ・ Kei Nishikori and Giuliano Carmignola



先週末の日曜日(10月29日)は、テニス好きの友人が錦織圭がウィーンで開かれているエルステバンク・オープンに出ていると聞き、サイトを見るとチケットがまだ残っていたので急遽購入し、妻と二人で応援にいってきました。二人とも生まれてはじめてのプロテニス観戦。しかし、錦織は初めから対戦相手のケビン・アンダーソンに押され気味で、主導権を握れず、あっさりと敗退。残念。 会場では錦織を応援するファンの方がかなり多かったように見受けられました。



晩には、事前にチケットを入手していた、ジュリアーノ・カルミニョーラ と コンチェルト・ケルンのコンサートに二人でいってきました。会場は楽友協会大ホール、日本人バイオリニストの平崎真弓さんがコンサート・マスター兼リーダー。プログラムは以下の通り:


Evaristo Dall'Abaco: Concerto in D minor, op. 2/1

Charles Avison / Domenico Scarlatti : Concerto from "12 Concertos in Seven Parts" to harpsichord sonatas by Domenico Scarlatti D major No. 6

Johann Sebastian Bach:  Concerto for two violins, strings and basso Continuo D minor, BWV 1043

Antonio Vivaldi: Le quattro stagioni ("The Four Seasons")

観客の盛大な拍手に応えて、アンコールは 以下の2曲でした:
Antonio Vivaldi
Concerto in G minor, op. 8/2 (RV 315) - "L'Estate" ("The Summer") - 3rd movement (Presto)

Johann Sebastian Bach
Concerto for two violins, strings and basso continuo in D minor , BWV 1043 - 3rd movement (Allegro)

カルミニョーラは、前半のバッハ(BWV1043)から出演。 バッハは、独特の解釈でちょっと違和感がありましたが、ヴィヴァルディの四季は、物凄くよかった。 自由奔放に弾きまくるかのようにリードするカルミニョーラにしっかりとついてくるコンチェルト・ケルン。はじめてカルミニョーラの四季のCDを聴いたときの感激は忘れがたいものでしたが、この日演奏は比較できないほど、もっともっと良いものでした。